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1910-07-19 Tuesday はつせの世界 第三章 3.1

張の率いる保険隊が先導するなか、日本軍は大連から北上して撫順を目指した。

大陸へ派遣された部隊は、近衛教導師団から抽出された独立混成旅団である。近衛教導師団は、陸軍全体の編成改革を進める上でのテストケースとして組織されており、これまでの二個歩兵旅団(四個歩兵連隊)による四単位編成をやめ、三個歩兵連隊及び各種兵科を統合した編成となっている。

具体的には、

  • 近衛教導師団
    • 師団本部
    • 近衛教導第一歩兵連隊
      • 三個歩兵大隊
      • 三個速射砲中隊
    • 近衛教導第二歩兵連隊
    • 近衛教導第三歩兵連隊
    • 野戦重砲大隊
    • 騎兵大隊
    • 工兵大隊
    • 飛行中隊
    • 通信隊
    • 輜重兵連隊及び兵器勤務隊
    • 衛生隊及び病院隊

という構成であり、師団全体で9,400名を定員としている。それまでの師団定数が約20,000人であったことを考えると、兵員数では半数程度に削減している形となる。

今回の独立混成旅団は、近衛教導第一歩兵連隊及び騎兵大隊、工兵大隊、飛行中隊、通信隊、が付随するほか、野戦重砲大隊や輜重兵連隊からも一部を抽出しており、ある種"ミニ師団"としての体裁を成していた。

今回は、ほとんどの兵員を鉄道で移動させることになっていた。南満州太平洋鉄道を使って奉天まで、そして満朝鉱山鉄道を使って撫順へ。しかし、一部の兵員は車両での移動となっている。具体的には、42年式自動車6輌と41年式自動貨車41輌を使用する第一歩兵大隊と、42式自動二輪車120輌及び41式自動貨車6両を使用する第一騎兵捜索中隊がそれに当たる。張達は、この見慣れぬ自動車の車列を騎馬で先導することになったのである。


張作霖と張景恵、二人の張は、出発前に独立混成旅団の主要幹部と顔を合わせる機会をもった。

関東軍参謀部との協議に参加するという名目であったが、それは実質懇親会のようなものであった。

竣工成ったばかりの大連ヤマトホテルで開催されたレセプションには、軍人を中心として多くの人間が集まった。

関東軍からの出席者は、関東軍参謀長・青木宜純少将、主任参謀・田中義一大佐、ほか梅津美治郎中尉、板垣征四郎中尉など。

派遣部隊からは独立混成旅団長・宇垣一成大佐以下、第一歩兵大隊長・渡辺錠太郎中佐、騎兵大隊長・南次郎中佐、重砲大隊長・西義一少佐、他中隊長以下に小磯国昭大尉、日野熊蔵大尉、永田鉄山中尉、東条英機中尉、石原莞爾少尉など。

張達はこれらの人々と挨拶する機会に恵まれた。特に、永田・東条・石原といった若手は彼の話を色々聞きたがり、誼を通じる切っ掛けを得ることが出来た。

会場には、同じく陸軍の制服を着た一団や背広の人間も幾人か見えた。それ以外にも、駐在武官らしき西洋人の姿も散見された。

「張君、こちらの二人を紹介しよう。」

そのうち背広の二人を従えて、田中大佐が声をかけてきた。

「この二人は外務省嘱託の人間でね。独立混成旅団と同行して、奉天や撫順の領事との調整を担当する。二人とも中国語に堪能だから何かあったら通訳代わりに使ってやってくれ。」

田中の上機嫌なセリフにあわせて、二人が自己紹介をする。

「外務省嘱託員の米内です。よろしくお願いします、張さん。」

握手の手を差し出し上品に笑う長身の美男子。

「同じく土肥原です。お世話になります。」

鷹揚に笑うがっしりとした体格の男。

二人と挨拶を交わしながら、張はこの二人がただの民間人、例えば満鉄や外国企業のビジネスマン達とは違う事を感じ取っていた。敢えて言うなら、米国人やインド人の傭兵に近い、硝煙の匂いがした。

「お二人は、元々は軍の方ですか。」

さりげなく尋ねると、二人は同時にもの柔らかく笑った。

「そんなところです。今はしがない大陸浪人ですよ。」

微塵の動揺も見せず、静かに笑みを返す土肥原と名乗った男。

「それより、あちらの将官方にも挨拶に行きませんか。私どもで紹介いたしますよ。」

柔らかくそう話題を変える米内という男の方も、その目だけが笑わずに張を見つめていた。

思わず背筋が震えた。

これは傭兵どころでなく、とんでもなく危険な相手かも知れない。田中大佐が連れてきたということは、恐らく噂の大連機関というヤツだろう。生き残るためには、こういう連中の尻尾を踏んではいけない。穏便に接するか、遠ざけるか、あるいは証拠を残さずに息の根を止めるか。いずれにしろ、中途半端に怒らせることだけは絶対に避けねばならない相手である。

「あちらの方々は観戦武官ですか。」

「視察団の方々ですよ。我が国の将軍や英米国の駐在武官もいらっしゃいます。」

二人に連れ出されながら、いよいよおかしな雲行きになってきたぞと、張は警戒心を強めた。


撫順までの道のりは、決して楽とは言えなかった。

18名乗りの大型トラックである41年式自動貨車は、乗り心地はともかくかなり頑丈に出来ており、砂礫の多く転がる満州の道でも踏破に支障はなかった。特に騎乗の保険隊に先導させているせいもあって平均時速は20km弱であったから、さほどのトラブルも起こらなかった。一方、指揮官車輌や偵察車輌として使われている42年式自動車、そして捜索騎兵の軍馬の代わりとして用いられている42年式自動二輪車には色々問題が発生した。

一番の問題は、41年式自動貨車がディーゼルエンジンを搭載していたのに対して、二種類の42年式はガソリンエンジンを搭載していた事である。V型八気筒ディーゼルエンジンを積んだ41年式自動貨車は、既に軍で広く使われ始めており、整備士もその運用に手慣れてきている。一方のガソリンエンジン車は、まだ整備士が十分に習熟していない状態だったため、ノッキングなどが多発して調整に手間取ったのである。しかしながら、途中何度かの停止はあったものの予備機材の交換で何とか長距離の移動を乗り切った。

その辺の事情を張に教えてくれたのは、陽気な新米小隊長であるところの石原少尉であった。

「今回の派遣は、機材の実戦テストが目玉ですので。色々問題が出てくれた方がいいんですよ。」

朗らかにそう語った石原少尉は、新兵器についても簡単に話をしてくれた。

連射機構を備える42年式小銃、39年式擲弾と擲弾筒、41年式軽機関銃、40年式噴進砲など。日本兵の武器は僅か数年前の戦争とは様変わりしていた。さらには、試製60mm迫撃砲、試製12.7mm重機関銃、あるいは試製47mm歩兵砲など、試験中の機材ももってきているらしい。

さすがに試射して貰うことは出来なかったが、どこがすごいのかは教えて貰えた。

「なに、何日かすれば実際に見ることになるでしょうし。」

ニヤリと笑った石原に、張は期待と畏れの混じった苦笑を返した。


結論からいえば、日本軍の行った掃討戦は一方的な火力戦であった。

撫順から北西へ40kmほど離れた丘陵に、袁慶玲率いる馬賊が盤踞していた。袁慶玲は八旗の末を自称しており、馮麟閣や張ほどではないが大きな勢力を持っていた。保険屋の同業ではあるし、面識もあった相手ではあるが、張にとっては商売敵という印象の方が強い。

この袁が、どうやら阿片の密造と朝鮮への密輸に手を染めていたらしく、朝鮮政府(を指導する日本政府)に目を付けられ、その排除で東三省政府と関東軍の間で話が付いた、というのが張の推測する裏事情である。

張は田中大佐から、阿片の製造はともかく朝鮮に売るのはやめておけと事前に忠告されていたから、その辺抜かりはない。最近増長してきた敵手を日本人が潰してくれるならば否やはない。

しかし、そのやられ具合が実に問題であった。

撫順まで鉄道で移動した本隊は、車列が合流すると早速斥候を放って情報収集を始めた。

この段階で、張は初めて飛行機を見た。

鉄道で持ち込まれたのか、無限軌道を備えた地ならしをする機械が二輌、既に撫順郊外に野営地を開いていたが、ここに簡易の飛行場をも設営したらしい。澄んだ青空を背景に、4機の飛行機が飛来し、次々に着陸した。これらの飛行機は、順繰りに飛び立つと、北西の空へと出かけていった。

野営地では、どうやら斥候部隊からの情報を地図に落とし込み、袁の保険隊の情勢を覗っているようだった。張も周囲の地勢を聞かれたため何度か同席したが、どうやら飛行機で頭上から確認した情報や、斥候部隊の情報が無線で即座に伝えられていたようである。無線機の噂は聞いていたものの、それほど便利だとは思っていなかった張にとって、これはかなり衝撃的な出来事であった。

袁の部隊が、日本軍来寇の噂を聞いて山間の砦に退避している事を聞くと、指揮官の宇垣大佐は即座にそこを包囲する布陣を引き、張に道案内をさせて自動車部隊を展開させた。

そこからは、一方的な展開であった。

6門持ち込まれた巨大な15cmの榴弾砲が10km以上の距離から打ち込まれ、立ち上る土煙が遙か向こうに見えた。それだけの距離があっては命中などしないのではないかと思われたが、どうやら観測部隊からの連絡を受けて照準を変えているようだった。

砲撃の後、歩兵部隊と自動車に牽引された銃砲の部隊が前進する。途中、散発的な伏兵もあったが、自動車に備えられた防循によって狙撃はほとんど効果を成さなかった。

砦に数㎞まで近づくと10門を越える47mm砲と30門近い60mm迫撃砲がいくつかに分かれて展開し、歩兵部隊が先行する。既に榴弾砲の射撃で崩落しかかった小さな砦の外壁に向けて、砲が次々と火を吹く。

この段階で既に防備を諦めたのか、砦内の保険屋達は馬に乗って逃亡とも突撃ともつかない突進を開始していた。それを、新式の連発小銃と機関銃がなぎ倒していく。

物影から狙い打ってくる匪賊は建物ごと擲弾筒で丹念に潰され、噴進砲が門扉を破壊すると、兵士達は物影を伝って素早く中へ突入していく。

袁の死亡が確認され、腹心が投降してくるまで、撫順到着から僅かに二日という決着の速さであった。


「東三省総督も、今回の成果には満足されたようです。我々としても、このような形で治安維持に協力できればなによりです。」

今後とも是非お手伝いいただきたいものです。そう言いつつ手を差し出す土肥原と握手を交わして、張は一行と別れた。

日本軍の強さは想像を絶していた。逆らうことなど危険すぎて出来ない。なにしろ、観戦武官として来ていた英国人が血相を変えて帰って行ったのだから、米英人にとっても日本軍の実力は予想以上だったのだろう。

だが。

「あれだけの戦力があったら、満蒙熱河どころか中華を丸々獲れるな。」

「……お頭?」

「いや、なんでもない。」

馬上で静かに、張作霖は微笑みを浮かべた。


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