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1906-07-20 Friday はつせの世界 第二章 9.5

1906年1月21日。それは、大日本帝国で初めて航空機が空に舞い上がった日である。残念ながら、当分の間は公表できない事実であるが、事実には違いない。

「で。」

榊は憮然とした表情で手元の報告書を眺めていた。

「結局、なんで飛ばないんだ。」

その視線の先には、『出力不足』やら『不調』などといった文字が並んでいる。

「空力的には、300馬力もあれば多少重くても飛ぶはずなんだ。そういう風に作ってある。」

イライラと指先でデスクを叩く。榊には、信じられなかった。彼が設計を手直した『シュトルヒ』改め『鸛鶴号』は、はつせ艦内で製作された1号機および2号機は全く問題なく飛行試験をクリアしたのだが、製造を明治日本側に委ねた3号機以降はさっぱり鳴かず飛ばずなのである。

機体の製造プロセスに様々な問題があることは最初から分かっていた。なにしろ、130年以上の技術格差があるのである。はつせ艦内で割合簡単に作れたものであっても、それをそのまま明治日本で作れるわけもない。電気溶接や樹脂の射出成形といった根本的な技術の問題、あるいは硬化ゴムや高密度焼成セラミックといった素材の問題、あまりにもその技術格差は大きい。

しかし、明治日本側はそれらの困難を様々な代替方法や代用素材を用いて何とかクリアした。機体構造が幾分弱くなった上、全備重量で70kgの増加となったが、それでも頑張った方だと言える。

しかしながら、如何ともしがたい問題があった。発動機の問題である。

『鸛鶴号』1号機・2号機は、日本国防陸軍の主力戦車である37式戦車の電気モーター、RM4GEを搭載している。本来、前後4カ所の動輪毎に搭載されるこのモータは、定格で540kWの出力を持つ。これを標準的なバッテリパック、カーボンナノチューブ蓄電池セルを240個束ねた30式交換型蓄電装置一基とともに搭載する。エンジン重量は約240kg。バッテリの搭載量が少ないため飛行時間が3時間程度と制限されるが、それでも十分な出力である。

しかし、このエンジン一式をそのまま明治日本側で運用することは出来ない。

まず、同じものを作ることが出来ない。製品として再現できる云々の前に、動作の基礎理論レベルで追いついていない。モータの回転制御を行っている単純なLSIも、バッテリの大部分を構成しているナノチューブも、そもそも理屈からして存在していないのだ。

そこは榊も既に織り込み済みであった。機体設計を行う際に、補機および燃料を含めたエンジン重量300kg、出力は軸馬力で250HPほどがあれば最低でも飛行試験に耐えるものとしていた。だから、明治日本側では、レシプロでもディーゼルでもガスタービンでも、とにかく重量と出力を満たすエンジンさえ用意してくれればいい。所定の重量比を満たす出力さえ出ればいいのだ。

しかし、榊にしてみれば容易にしか思えないこの要求も、根本的に技術の蓄積がないこの時代の技術者にとっては無理難題もいいところであった。

結果として。

1号機・2号機に加え、3号機以降7号機までの全機体が訓練飛行に使われているが、そこには一機たりとも明治日本の国産エンジンを搭載している機体はない。全て、はつせから貸与されたモーターとバッテリを使っている有様である。

「結局。やっと液冷レシプロに絞ったようですね。彼ら。」

同じ報告書を見ながら、向かいのブースからはつせ666が言う。冷静、という以上に冷徹な印象の声だが、これは取りたてて冷笑しているわけではない。彼女は常に冷徹な態度を崩さない。それが、AIがそれぞれ求める『個性化』の、彼女なりの結論なのだろう。必要以上に機械的とも取れるだろうが、榊にしてみれば、変にペースをかき乱されるよりよほど好ましかった。

「とりあえず、直列4気筒まではそれなりにこなしたようです。いまはV型6気筒にトライしている模様で、試験での出力は130馬力。排気タービンを追加して250馬力まで持っていきたいようですが、恐らく無理でしょう。」

「はぁー。なんでそんな旧車のエンジンみたいなの作ってるんだ?」

「参考になる詳細な設計図がないこと。工作精度に未だに問題があること。燃料調整にコンピュータを使えないこと。燃料の精製にまだ不備があること。等が問題かと思われます。」

「仕方ないな。いくつか史実のエンジンを元にして図面を引いてやるかな。工作精度や燃調は向こうで何とかして貰うとして。燃調ねぇ、トランジスタでも作らせた方が良くないか?」

榊玄一郎は、偏屈で、不遜で、傲慢な男であったが、問題を解決するために必要な手段を出し惜しみするような人間ではなかった。これまで、彼のカウンターパートである陸海軍航空機研究会の方針が定まっていなかったため、エンジンの問題には手を出さなかったが、レシプロエンジンを一時的にしろ使うという方針が固まった以上、一日でも早くそれを実現して貰わなくてはならない。

そうでなければ、せっかく図面を用意したSG-2以下の史実機や、SO-1以下の新設計機にいつまでも日の目が当たらないままだ。


結局この問題は、榊の送った設計図に基づいたエンジン、22リットルV型12気筒550馬力の"RRK"が製作されて解決されることになった。ロールスロイスケストレルをリファインしたこのエンジン"ロ式一型発動機"が、初期に計画されていた12機全ての鸛鶴号に搭載されるまで、さらに9ヶ月を要することになる。


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