はつせの世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1906-04-21 Saturday はつせの世界 第二章 6

4月とは言え、北国である室蘭では春はまだまだ名のみの有様である。降雪こそ無いが積雪はまだ膝まである。

しっかりしたガラス戸をぴしゃりと閉めると、鮎川義介は土間で二三度、長靴にまとわりついた雪をたたき落とした。室内は十分に暖まっており、外の風に冷え切った頬に暖かみが戻ってくる。外套の襟元をゆるめて息を一つついていると、すぐに室内から声が掛かる。

「鮎川君!電報は来てたかい!」

廊下に面した一室の扉から、眼鏡をかけた男がひょっこりと顔を出して声を上げた。学習院出の子爵令息で、世が世ならお大名の世継ぎという出自でありながら、この男には全く屈託や飾り気というものがない。あるのは、精力的な活動を支える溌剌とした気風と、鷹揚で人を容れる寛容さ。僅か四歳の年上でありながら、鮎川は既に彼に人としての風格で負けていると感じていた。いや、どちらかというと羨望しつつも心酔していると言うべきか。

「叔父さんからの電報と、渋沢男爵からの連絡が来てました。」

鮎川がそう答えると、大河内正敏は口元を綻ばせて二度頷いた。

「そうかそうか。早く上がりたまえよ。お茶を入れてやろう。」

そう言って機嫌良く手招きする様子に、鮎川は苦笑しながらも頷き返した。


「そうか。やっぱりなぁ。」

手元の真っ白な紙に印刷された書面を見ながらしきりに頷いていたのは、髪に白いものが混じった小柄な老人であった。その周囲には、二回りは若い青年達が5人、取り囲むように思い思いの姿で座っている。

「研究機関の設立は向こうでやるそうだが、産業への適用は並行してこちらでやるしかないようだ。」

そう言いながら、老人はニヤリと笑みを浮かべた。

「つまることろ、最初の予定どおりというわけだ。君たちには担当を振り分けるべきだろうな。」

その声に周囲に座った五人が思い思いに歓声を上げる。

一番年嵩の大河内正敏が30歳。

東京帝大の講師を務めていた人物で、大河内子爵家の跡取りであることは先に述べた。私費留学で欧州へと行っていたが、急遽呼び戻されて室蘭に連れてこられた。ここに集う"研究員"のリーダー的存在である。

大河内の補佐役を務めるのが鮎川義介26歳。元老井上馨は大叔父に当たる。東京帝大を卒業後、身分を隠して芝浦製作所の職工として働いていたが、アメリカへ渡航して鉄工所で働いていたという経歴を持つ。

この他に三人。

秦逸三26歳。東京帝大の在学生であり、薬学科から応用科学科に転科した経歴を持つ。

中島知久平22歳。海軍機関学校の生徒である。

山岡孫吉19歳。元は村の小さな工場で工員をしていた。家が貧しかったため中学にも行けなかった。他の4人のような高等教育は受けていない。

合計5人の男達は、それぞれ立場も生まれも何もかも異なるが、この北の地へやって来た状況は誰もが共通であった。

突然訪問した(あるいは帰国を待ちかまえていた)二人組の老人に口説かれて、得体の知れない調査団に加えられたのだ。

厳めしい顔をした老人の片割れは、渋沢栄一と名乗った。創業の神様として知られるこの人の名を知らない人間は数少ない。

もう一人の朗らかな顔の老人は、井上馨と名乗った。言わずとしれた維新の元勲であり、色々と毀誉褒貶は激しいものの間違いなく政界の立役者の一人である。

その二人がわざわざ出向いて(山岡孫吉は事前に滋賀から上京させられたのだが)説得されるとなれば、誰でも驚き興味を惹かれる。彼ら5人は、訳も分からないまま二つ返事で室蘭へと送り込まれてきたのだった。

それ以来二ヶ月。彼らは一丸となって調査に取り組んだ。


当初、彼らは与えられた"調査対象"に驚愕した。

石炭積み出しの港だとばかり言われていた室蘭は、冬期にもかかわらずひっきりなしに押し寄せる資材と人夫でごった返し、あちらこちらに槌の音が響き渡っている。湾内の一角は高く組まれた段幕で囲まれて内部が伺えない箇所もいくつかある。

道があちこちで整備され、建築中の建物がいくつも見えている。その中に、既にできあがった建造物があり、彼らはそこへ案内された。新築されたばかりのレンガ造りの立派な建物。その中は、いくつかの小振りな居室と、酷く大きな図書室で構成されていた。その図書室には、全く同じ背表紙の書籍が所狭しと配架されていた。

「ここが、帝国東京図書館室蘭分館だ。」

帝大の図書館を上回る規模の、見渡す限りの書架に5人が呆然と見入っていると、後ろから老人の深みのある声が響いた。館長の中野武営と名乗った老人は、さらにこう付け加えた。

「君たちには、この書庫の本に全て目を通して貰いたい。そこから利用価値のあるもの、実現性が高いものを選び出して貰いたい。」

その意味不明な言葉は、書籍を手にとって調べ始めて見ればすぐに理解できた。そこに書かれている内容は、未知の技術や知識によって満たされていたからである。


もし仮に、彼らが純粋な研究者であったならば、質の悪い種明かしでもされているようで調査意欲を減退させられたかもしれない。

だが、彼らはただの研究者ではなかった。大河内は帝大の研究者であったものの、教育や実用化といった研究以外の面にも目の向く人物であった。鮎川は現場の技術を身につけた変わり種のエリートであったし、秦もまた実学志向が強い。中島はもともと機械技術を学ぶために機関学校に入ったので新たな技術の蒐集に強い意欲を示した。また、山岡は一人高等教育を受けていないこともあって、期せずして生徒役を引き受けることになり、それは結果として全員の理解をより深める効果をもたらした。

調査が進むにつれて、少しでも早く技術を実際の場で使ってみたいという彼らの希望は高まった。館長の中野は、意見具申があれば書面にまとめて渋沢や井上に送るに吝かではないと言い、また、その書面はそれ以外の高位の人物の目にも触れることになるかもしれないと匂わせた。

造船、航空、自動車、鉄鋼、農業や経済理論、などの実践的な学問から、天文、生物、物理、化学、数学、といった基礎科学まで。ここにはどうやら1991年なる時代までの未来知識が存在しているらしい。

あまりに馬鹿げた話ではあるが、数十万冊を超える書籍(しかもいつの間にか増えている)を捏造する労力を考えれば、これがただの愉快犯の仕業とも思えない。それに彼らのうち数人は、館長と名乗る人物が東京商工会議所の会頭をしていた人物であったことを思い出していた。つまりは、渋沢栄一翁の腹心の部下と言っていい。

とまれ、彼らはこの知識や技術が全て本当のことなのか、それを試したかがっていた。


基礎科学的な内容については、東京で追試を行う組織が結成され、こちらから依頼した内容の検証を逐一行っていた。とはいえ、内容によっては実証するための設備がない(電子顕微鏡やサイクロトロンなど)ものもあり、国立の研究機関として予算充当を始める予定だという。国立理化学研究所と名付けられたそれは、数学の菊池大麓を所長に迎え、物理学の山川健次郎や長岡半太郎、化学の桜井錠二や池田菊苗、さらには伝染病研究所の北里柴三郎・志賀潔らも合流するという。

大河内等にしてみれば、自分たちの手で実証できないことに切歯扼腕する思いである。

そこで、応用科学、特に産業レベルでの実用化は"大河内調査団"でやらせて欲しい、そう直訴したのであった。


井上馨からの電報は、至って簡潔であった。

『スグニトリカカレ カネハダス』

それを読んだ一同は喜んだが、同時に金の出本が三井になるとひも付きでやりにくいなどとも考えた。井上馨と言えば、"三井の大番頭"などと噂されたこともある人物であるからだ。

一方、渋沢からの書簡はより詳細であった。

『当面、一つあるいは多くとも二つの実務に絞って事に当たられたし。受け取りし計画案においては、化学繊維、化学肥料、農業土木機械の三種が妥当と勘案せらるる。組織に当たっては、五人にては人員の不足が見込まれる故、経理実務に堪能なるものを若干名推挙するものなり。いずれ各々が独立することもまた可なり。追伸、防諜には努々怠りなきことよろしくお願い申し上げる。』

さすがは渋沢翁、用意周到だ。鮎川がそう言うと、井上の書面と比較して皆が笑い出した。

「機械は中島と山岡だろうな。逆に私と秦は化学の方か。大河内さんは全体のまとめ役だな。」

「でも、実用化と言っても暫くは試行錯誤になります。暫くは儲からないかもしれません。」

「だが、何としてもやり遂げなくては。」

そんなやりとりの中、扉をノックする音が響いて会話が途絶えた。

ここは陸軍の兵士が厳重に警備しており、ノックをする来客など入ってこられるはずがないのだが。

「失礼します。朝日技研工業の柏木と申します。」

女性の、それも凛とした声の響きに、一同は顔を見合わせた。


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