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1906-03-07 Wednesday はつせの世界第2章 4

横須賀の港にたたずむ三人の男の目には、穏やかな春の海に棚引く煙が幾筋か映っている。

その元を辿れば、浦賀湾を静かに進んでいく三隻の軍艦が吐く蒸気機関の排煙であることが分かる。

セヴァストポリ、ペレスウェート、ポピエダ。

つい先ほど無事に港を出て行った三隻の戦艦の名前を、財部彪は口の中で呟いた。

「……忌々しい話です。」

横で唇を噛みながら白い航跡を見つめていた加藤寛治が、震える声で吐き捨てる。その食いしばった顎には強ばりのあまり筋が浮き、怒りの形相につり上がった双眸はしっかと見開いている。

「あれだけの船を、みすみす外国に売り飛ばさねばならないとは。断腸の思いです。」

「……言うな。」

軍令部参謀・財部彪海軍大佐は、軍帽の鍔を押さえつつ俯いた。彼とて、横に立つ海軍大臣秘書官加藤寛治海軍少佐と気持ちは同じである。しかしながら、この売却劇を実行する立場にあった人間として、加藤に同調して不満を漏らすことはできない。

「今はまだ、臥薪嘗胆の日が続く。堪えがたきを堪えることこそ軍人の道だ。」

財部はそう自分に言い聞かせる。

「4年の我慢、ですか。」

その後ろから、黙然と立ち尽くしていた軍令部参謀第二班長・森越太郎海軍中佐が、溜め息混じりに言葉を漏らした。


大日本帝国海軍は、日露戦争における鹵獲艦として8隻の戦艦と2隻の装甲巡洋艦、その他海防艦防護巡洋艦等を9隻獲得した。これは、実質的な戦力として帝国海軍の主力艦が倍増する事を意味した。

しかし、海軍首脳部は内閣と協議し、これらの鹵獲艦艇のうち主力艦10隻を南米三国に売却する決定を下した。

艦名売却金額売却先
戦艦
オリョール70万ポンドブラジル
レトヴィザン67万ポンドブラジル
ポルタワ64万ポンドブラジル
ペレスウェート69万ポンドアルゼンチン
セヴァストポリ63万ポンドアルゼンチン
ポピエダ63万ポンドアルゼンチン
シソイ・ヴェリキー41万ポンドチリ
インペラトール・ニコライ1世39万ポンドチリ
装甲巡洋艦
アドミラル・ナヒーモフ36万ポンドブラジル
バヤーン38万ポンドチリ

合計売却金額は550万ポンド。日本円にして約5280万円。

これは、日本の年間予算の約1/6に当たり、海軍の向こう5年間の予算を上回る。

確かに、現在の日本が置かれた経済的窮状を鑑みれば、それがやむを得ない措置であることは財部にも理解できた。大量に募集された外債は山積しており、さらには国内の重税も限界を遙かに超えて市井の人々を圧迫している。今の日本という国は、一歩舵取りを誤れば瞬く間に沈む泥船にも似ている。何より経済回復が急がれることは言うまでもない。

『だからといって、何もせっかく手に入れた戦艦を売ることはないだろう。』

その思いは、海軍軍人共通のものである。

やり場のない無念であり、沸々とわき上がる怒りであり、決して癒えない痛みである。

しかしながら、財部はこの売却に当たって必要とされる措置を全て指揮するよう任命されていた。旅順港に沈んだ艦を引き上げて回航し、損傷した艦を航行可能なように修理し、再整備と改修を担当する米国の造船所と調整を進める。上層部たる海軍大臣軍令部長からはとにかく急がせろとせっつかれ、現場の工員からは工期がきつすぎると泣き付かれる。

この数ヶ月、彼の軍令部参謀という席は、戦中よりも遙かに危難の座であった。

その実務を彼と連携して担当したのが、海軍大臣副官の加藤少佐であり、軍令部第二班長の森中佐であった。

まだ、チリ向けの艦のうち、シソイ・ヴェリキーとバヤーンのみ回航が終わっていないが、こちらも来週には出航を予定している。残りは売買の集金などの事務処理であり、現場で働く彼らの仕事は事実上終わったと言っていい。


「それにしても、あの売却金の使い道は、本気なのかな。」

財部が後ろの森を振り返ると、森は苦笑しながら頷いた。

「室蘭の件は、東北本線の複線化と抱き合わせで相当な予算を組むらしいね。陸軍やら内務省やら鉄道局やら、蜂の巣をつついたような騒ぎで。鉄道の方は、国有化と同時に帝国鉄道院を立ち上げるという噂だよ。」

このところ、様々な省庁との調整に携わっていたためか、森はこの辺の事情には随分と詳しい。同期の誼もあって、砕けた様子で財部の質問に答える。

「室蘭の件はいいとして、だ。」

「新四四艦隊ですね。」

財部の言葉に、加藤が目を見開いて応じた。彫りが深くハッキリとした顔立ちの加藤は、目を剥くとかなり凄まじい形相になる。決して本人にその気はないのだが、時に威嚇しているようにもとられる。加藤の語気に、財部と森は苦笑する。

加藤が艦隊計画に強い興味を示すのも無理はない。

先の日露戦争における黄海海戦にて、聯合艦隊が大いにロシア艦隊を打ち破った要因の一つに、その驚くべき射撃命中率がある。それは、偏に驚異的な訓練に耐えて培った練度に基盤があるが、実はそこに革新的な射撃統制法が用いられていた。大口径砲による長距離射撃での斉射法を編み出し、日本海軍の戦法を大きく変えたのは、当時戦艦三笠砲術長であったこの加藤寛治である。であればこそ、周囲も彼を砲術の第一人者であると見なし、また本人もそう自認していた。

その彼が、主戦力たる戦艦の整備計画に興味を持つのは当然といえば当然である。

「薩摩、ではなく安芸級戦艦四隻と筑波級装甲巡四隻。どうやら本気で作り直すらしいですな。」

整備計画に直接絡まない立場とはいえ、海軍大臣秘書官という立場にいれば、海軍内部の情報はあらかた見聞きできる位置である。先々の計画も、現在の状況も、あらかたのことは知り得ていた。

「薩摩と安芸は、船体から作り直しだそうな。とは言えかなりの部分を使い回すから、年内には二隻とも進水できそうだ。筑波の方は、もう既に相当やり直しが進んでいるから、今年の夏には進水の予定だ。来年の今頃は公試ができるだろう。」

森の返答に、そこまで詳しい事情を知らない二人は眉をしかめた。

「設計をやり直した割に、やけに早いな。」

財部の問いかけに、森は曖昧な笑いで返した。

「艦政本部がそう言ってるんだから、信じるしかないだろう。伊集院*1閣下の肝いりで、昨年中に改設計案をまとめたという話だ。」

「相模と肥前も前倒しで起工したっていうじゃありませんか。」

加藤も、不可解そうに疑問を投げる。

「伊吹と鞍馬も、ロシア艦がどいたからすぐに起工するそうだ。」

「つまり八隻同時に、か。」

財部は首を傾げた。

八隻の新鋭艦が加わるのならば、確かにロシア戦艦は不要だろう。とはいえ、八隻全ての主力艦が戦力化されるまで、森のいうように四年は掛かる。それまで何事もなく済むという保証はない。

「鹿島級二隻のキャンセルといい、安芸級と筑波級の改設計といい、上の考えていることは正直良く分からんな。」

日露戦争の終結からこちら、あまりにも色々な動きがあったせいか、海軍中枢の動きを把握していたつもりの財部でさえ、混乱しそうになる。

「それと、これは噂なんだが。」

そう前置きして森が声を潜めていった言葉に、財部と加藤は目を見開いた。

森曰く、『筑波級は二万トン、安芸級は二万五千トンを超える大艦らしい。』と。

それほどの巨大な軍艦は、未だ大英帝国においてすら実在していない。二人は、明らかに変わりつつある潮流を感じていた


戦艦安芸級:安芸、薩摩、相模、肥前

常備排水量:24500t 全長:171m 全幅:26.8m 喫水:8.8m

機関:蒸気タービン4軸 32000hp

速力:22ノット

兵装:45口径12インチ砲連装4基8門、40口径6インチ砲単装18門

巡洋戦艦筑波級:筑波、生駒、伊吹、鞍馬

常備排水量:20400t 全長:174m 全幅:24m 喫水:8.6m

機関:蒸気タービン4軸 39000hp

速力:25ノット

兵装:45口径12インチ砲連装3基6門、40口径6インチ砲単装8門、

「フィシャーには悪いが、インヴィンシブルよりも筑波の方が先に竣工することになるな。」

手元の資料を見ながら、山本海相は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「しかし、これだけ作っても、一線級を保てるのが10年ではな。」

向かいに腰掛けたはつせ001は、苦笑しながらもう一枚の資料を指す。

1920年までにこれだけ整備すれば、後は戦艦を造らずとも済むと思います。今しばらくのご辛抱です。」

その指の先にある冊子には、『八八艦隊計画案』と書かれていた。

36cm砲戦艦8隻。40cm砲戦艦8隻。補助艦艇210隻。

まさに、子供の妄想の産物そのもの。

「本当にこんなものが作れるのか。」

「推論上は可能です。それも、余裕を持って。」

人ならざる者のにこやかな微笑みに、山本権兵衛は初めて漠然とした畏れを抱いた。




>第二章 5

*1:伊集院五郎。明治三九年一月、任艦政本部長