はつせの世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1905-10-17 Tuesday はつせの世界第2章 2

6m四方ほどのそこそこの広さを持った部屋には、プラスティック製の筐体や三次元ディスプレイなど雑多な機械類が、幾つもところかまわず無造作に置かれている。部屋の中央には、ゆったりとした椅子に深く腰掛けた人影が四名。その横には、事務机に向かう擬体も居る。

人影のうち、黒地の軍服に身を包んだ初老の男性が難しげに眉寄せながら言った。

「しかしだな。さっき見せて貰った『ライトフライヤー』とやらはもっとこう、軽い感じだったようだが。最初は布張りでなくても大丈夫なのかね。」

「実際に実物で空を飛んでみたではありませんか。児玉さんが乗ったF-5は空虚重量で13トンを超えますが、最大飛行速度は2000km/hを超えます。50km/hに満たないライトフライヤーに対して、速度性能で40倍以上の優越性があるわけです。」

「ううむ、確かにそうだが。」

うなり声を上げて腕を組む児玉源太郎に、カーキ色の軍服を着崩した若い男、榊玄一郎は苛立たしげに机を指でトントンと叩いた。

「どの辺が納得いきませんか。ターボファンエンジンではプロペラが回らないのがお気に召しませんかね。それとも、翼が単葉じゃご不満ですか。」

傲岸不遜な態度で榊は続けた。

「気に召さないとかそう言う事ではない。たしかに、君の言う『航空機の優越』に一理あるのは確かだ。偵察にや連絡に役立つことは言うまでもないし、君らの持つ機体のように荷物を積んで飛べる重量が……」

「『積載量』」

「……その『積載量』が数トンもあれば、重火砲を運搬することも出来る。それも時速数百キロの速さでだ。その効能を認めるにやぶさかではない。」

「それどころか、その数トンの積載量を活用して、敵軍の頭上に弾雨を降らせることさえ出来ますよ。」

眉をかしげながら、相変わらず不遜な笑みを浮かべる。

厭な男だ。だが、恐ろしく技術に精通しているのも確かだ。

児玉は、話の腰を折られる度に怒鳴り声を上げそうになるのを堪えながら、辛抱強く話を続ける。

「だが、……我々にはいきなりそんな高度な物は作れないだろう。『たーぼふぁん』とやらも、君が言うには高度な合金技術がいるんだろう?」

ふむ、と顎をなでる榊。その仕草もいちいち厭みである。

「いきなり私たちと同じレベルの物を作れとは言いませんよ。言うだけ無駄だ。銭亀に空を飛べと要求するに等しい。」

児玉の神経を逆撫でするように、榊は鼻で笑った。

「とりあえず、レシプロエンジンから始めたらどうですか。」

その台詞に横で聞いていた伊集院五郎が渋い顔をする。

「飛行機に搭載するエンジンはガソリンエンジンということかね。だが、ガソリンエンジンは欧米から輸入しない限り無いぞ。国産ではまだ誰も作っておらんのだ。」

「1907年でしたでしょうか。ダイハツ、もとい、大阪発動機製造が設立されるのは。」

事務机に座ってなにやら端末を弄りながら、擬体が呟いた。素っ気なくバレッタでまとめた長い髪を白衣に垂らし、白衣の下には地味な紺色の制服を無造作に着ている。その胸のプレートには『技術課はつせ666』の文字。

「ガソリンエンジン自体は、基礎的な鋳鉄技術と切削加工技術、電気技術の組み合わせに過ぎません。何をどう作るか、それさえ分かっていればさして苦労はしないでしょう。」

ダテ眼鏡なのか。殆ど度が入っているようには見えないプラスティックの小物の位置を態とらしく直すと、その擬体は言葉を繋いだ。

「むしろ機械自体の生産体制よりも、潤滑油や燃料の供給体制構築の方がよほど問題かと思います。ガソリンエンジン、ガスタービンエンジンあるいはディーゼルエンジンという選択肢もありますが、いずれにせよ原油供給体制を確保できなければ定常的に運用することは難しいでしょう。」

そこまで述べて、白衣の擬体は手元の端末を操作する。三次元ディスプレイに、右肩上がりで伸びを示すグラフが提示される。明治38年を1としたときの50年間の原油需要量と供給量を示したものだ。

「ガソリンエンジンであれ、ガスタービンエンジンであれ、油を使う点では同じです。原油を自国内で生産できない日本は、どちらの場合も不利だと言わざるを得ません。」

そこで口を閉じたはつせ666に、これまで物静かに話を聞いていた人物が口を開いた。

「つまり、油をなるべく使わない方法を採るべきだと? 代替燃料は天然ガスや石炭を使うのかね。」

テーブルを囲む最後に人物――渋沢男爵は、擬体の眼を眼鏡越しに覗き込んだ。

「燃料を直接使うわけではありません。渋沢さんの仰るように、ガスや石炭、あるいはそれ以外の方法で集中的に発電を行い……」

「ああ、バッテリー駆動か。その手もあったなぁ。」

はつせ666の声を遮るように、榊が額をぴしゃぴしゃ叩きながら陽気な声を上げた。

「でも、ピークパワーがあんまりでないんじゃないか? 37式のモーターは540kwだったから、馬力で言うと730強だろう。」

「その分小型ですので。37式戦車の場合、RM4GE-MTを4台積んで大容量バッテリパックを積んでも12式戦車のエンジンおよびミッションより軽いですから。」

「モーターは軽いとしても、バッテリだと航続距離が足らなくならないか?」

「試算ですが、零式艦上戦闘機にRM4GE-MTを2基搭載して、本来のエンジン重量と燃料搭載重量と同等のバッテリを搭載した場合、1800km程度は飛行できそうですね。燃料電池であれば2500kmを越えると思います。」

「電動零戦か。それも面白いな。」

「んんっ!」

なにやら周囲を置いてけぼり気味に盛り上がる二人を見て、児玉が苛立たしく咳払いする。

「それで、我々としてはどうするべきなのかね。」

「ああ、そうでしたね。では、まずは航空機と車両をいくつか試作してみましょう。現状のそちらの技術力でも試作可能なプランを、われわれでいくつか用意しますから。例の拠点整備が始まったら実際に作ってみようじゃありませんか。生産についてはそのうち考えましょう。いまから気に病むだけ無駄ですからな。」

気楽に、それでいてごく自然に人を小馬鹿にした風情で榊は応えた。

「当初は我々の提示したプランに従って、機体を製造できるか試行錯誤して貰いましょう。ガソリンまたはディーゼルエンジン製造や機体製造のために鋳造技術者を含む整備工を1チーム、加えて、バッテリーおよびモーター製造のために電気技師と化学者も必要になりますな。発電設備や製油施設の検討もしなきゃならんでしょうしな。ま、その辺の人選はお任せしますよ。」

無造作に言い放つ榊に、児玉も伊集院も渋沢も苦り切った表情を浮かべた。

「人選も出来る限りお手伝いします。」

そう言われても楽観は出来ない。なにしろ、彼らは自分たちが何に手を付けようとしているのか、やっと理解し始めたばかりなのである。後続者を率いるにはまだまだ多くの学習が必要になるだろう。

「陸はワシが。海は伊集院さん、空は……三人で一から手を付けるとしましょう。いや、折角だから石原君にもやらせるとするか。」

「それよりも、燃料問題の方が影響が大きそうだ。これは井上さんや伊藤さんにも話を持ち込んだ方が良さそうですな。」

「"拠点"の方は、海軍主導で立地を選定しています。ただ、新技術取得は軍ばかりでなく、やはり官軍民一体で取り組まないことには埒があきそうにありませんな。」

角を突き合わせて相談する一味を他所に、榊とはつせ666は試作プランの方向性を検討し始めていた。


3ヶ月後。北海道の片隅で、日本初の航空機が空を舞うことになる。

単葉パラソル翼には前縁スロットと後縁には間隙フラップとエルロン。頑丈でコンパクトかつスマートな胴体にシンプルな垂直・水平安定板。ショックアブソーバーを備えた長く頑丈な着陸脚。二翔プロペラは変速機を介して700馬力の電動モーターで駆動される。

計画番号SG-001『鸛鶴号』(こうづるごう、コウノトリの意)と名付けられたその翼は、かつて別の世界で『シュトルヒ』と呼ばれた航空機の生まれ変わった姿であった。


>第二章 3