はつせの世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1905-09-04 Monday はつせの世界 第一章 6

一行の明治天皇への拝謁は終わったが、その後、伊藤博文と田中光顕の呼び出しに応じて幾度か宮城へと足を運び、様々な諮問に応えていた。

伊藤公爵と田中伯爵以外の同席者は様々で、元老から山県有朋井上馨松方正義が同席したほか、首相の桂太郎、立憲政友会党首・西園寺公望も同席した。

海軍からは首脳である山本権兵衛斎藤実の他、軍令部総長・伊東祐亨、軍令部次長・伊集院五郎、聯合艦隊司令長官・東郷平八郎、聯合艦隊参謀長加藤友三郎が臨席している。

陸軍関係者では、参謀総長・山県有朋のほか、陸軍大臣寺内正毅満州から帰ったばかりの大山巌と児玉源太郎の三人が臨席した。

陸軍の関係者、特に児玉源太郎の驚愕は大きかった。

無謀きわまりないウラジオストク攻略作戦に最後の最後まで反対したのは児玉であった。それをねじ伏せるように説得したのは、山県であり桂であったが、その論拠は出所の知れない資料だったからだ。極東ロシア軍の配備状況を精密に分析し、鮮明な「航空写真」――誰がどのように撮影したかも不明――を添付したその資料は、確かに『最後のもう一勝負』を決断させる根拠にはなったものの、あまりにも怪しげな代物だったからだ。

その資料がどのように作成されたのか。ようやくその謎がはっきりしたのである。

「ペテンか、さもなければ狐に化かされているんじゃあるまいな。」

釈然としない表情で呟いた児玉に、

「どちらかというと船幽霊か竜宮の使いですな。この者らは。」

と苦笑したのは加藤友三郎だった。


日露戦争時の日本の首脳部と言っていい彼らは、それぞれに課題を抱えていた。はつせ001とひゅうが001は、それらの質問にモバイルアーカイブから資料を引き出しつつ丹念に応えた。

日英同盟は堅持する方向で考えているが、米国を含めた三国同盟の可能性についてはどう考える?」

外交については、伊藤および桂と西園寺が主となって情報をまとめる。

アメリカ合衆国の東アジアにおける基本戦略は、日英と露西亜の勢力均衡と対中国利権の機会平等の維持です。同時に、桂首相がウィリアム・タフト陸軍長官と取り交わしたように、アメリカにとっての最重要事項はフィリピンの防衛ということになりますし、朝鮮については日本による保護国化には一切反対しないでしょう。」

秘密協定を指摘された桂首相はむっとした表情を浮かべるが、はつせ001に『我々にとってはあくまで歴史事象ですから』と指摘されて苦笑を浮かべた。

「もし、今後アメリカ合衆国との争点が現れるとすれば、満州および中国における市場利権の衝突、または太平洋における利権の衝突ということになるでしょう。いずれにしろ、対米協調路線を選択されるのであれば、大陸での行動は他国の視線を気にして注意深く行う必要があるでしょう。詳しくは、小村外務大臣と金子前司法大臣に諮問されるのが確かかとは思いますが。」

資料提示役に回ったひゅうが001は、小村寿太郎と金子堅太郎、あるいは日本銀行副総裁・高橋是清についての評価を三次元スクリーンに表示した。同時にモルガン財閥と小村、クーン・ローブグループと高橋の関係を図示し、それがアメリカ国内政治と産業界に密接に関連していること示す。

「これらの金融資本グループからの資本導入は、日露戦争後の経済復興のためには避けられないでしょう。ですが、互いに敵対しているといっていいこの二大鉄道資本グループの取り扱いを誤ると、非常に難しい状況に陥る可能性があります。」

そして、訪日中のエドワード・ハリマンについて注意を促した。

また、ポーツマス講和条約についての大衆の反応を予告されて、その対応策が急遽練られた。

今後の国際関係については、伊藤、井上、山県、松方の四人は、一致して対英対米協調の方向を支持したが、欧州列強との対応については、その目指すところは必ずしも一体ではなかった。

伊藤と井上は、英米の利権を意図的に朝鮮・満州へ誘導して、外国資本により資源開発を推し進め、東アジアの政治的安定を一時的に維持することを第一と考えていた。同時に、日本はアジアの指導的役割として主に留学生受け入れを推し進めて、各国の民族自決を促す。

それに対して山県は、対米・対英協調を主軸として時間を稼ぎつつ、はつせからもたらされる進んだ科学技術と軍事技術を早急に実現化し、朝鮮・満州・沿海州の支配を確立するべきだとした。

松方は国際関係については特に指針を示さなかったが、経済復興に多額の資金が必要であり、それは英米の投資を誘致することでしか得られないであろう事は明らかだとして対英米協調路線に同意した。また、日本の経済がより海外貿易に重点を移していくことは必然であり、日本に対して開かれた海外市場の獲得が急務であることにも触れた。その市場は、当然ながら中国である。

はつせ001とひゅうが001は、それらについて三つのシミュレーションモデルを提示した。

  1. 満州への英米日三者の協調介入』
  2. 満州での単独覇権』
  3. 『中国革命政府との密接な関係』

そのいずれも、日本の経済的繁栄が進むことで必然的に中国市場を巡って米国との緊張が高まり、最低でも限定的地域紛争が起こりうることを示していた。

いずれ、日米両国が干戈を交える危険性があることは、伊藤以下六人の共通認識となった。


一方、陸軍海軍の間には、妙な空気が流れていた。

「かねてより海軍が主張されているとおり、陸海軍は平等であるべきだと思うが。」

「しかし、彼らは海軍の所属です。他国の海軍に主体となって応接するのは、我々帝国海軍であってしかるべきだと思いますが。」

寺内陸相と山本海相の間に緊迫したやりとりが交わされる。

彼らは、はつせおよびひゅうがへの出向者の人員枠と、新規建設が予定されている船渠の立地について駆け引きを行っていた。

「派遣人員の受け入れについては、当面は五名とさせていただきますが、船渠および停泊地をご提供いただければ、人数を増やすことも可能と考えております。」

はつせ001のにこやかな声に、山本と寺内が視線の力を増す。

「派遣人員については、海2:陸2:官また民1でどうだね。」

「海3:陸1:官または民:1が妥当だと思われますが。」

「陸軍からはもう東京中央幼年学校の生徒が一人決まってしまっている。それだけでは困る。是非乗り込みたい人間が居てな。」

寺内陸相がその強面に不満げな表情を浮かべる。

「どなたですか?それは。」

山本が聞き返すと、横から陽気な声が返事を返した。

「実は私なんだ。」

児玉源太郎が、照れ隠しに髭を撫でていた。

「児玉さんが自分で行く、と。」

「そう言ってきかんのだ。お前からも何とか言って止めてくれんか。」

目をむいた山本に、渋い顔の大山巌が返す。

「児玉大将でしたら、別枠でも結構ですよ。歓迎いたしますので是非いらしてください。」

山本の機先を制して、ひゅうが001が声を掛けた。

『ひゅうが、どういうつもり?』

『えー、いいでしょ?児玉源太郎ファンてウチにもソッチにもいっぱい居るしさぁ。それに、卒中で倒れてもウチで治療すれば助かるかもよ。』

『勝手なこと言って……。お気楽なんだから、まったく。』

などと無線でもめて居る間に、話はまとまりつつあった。

「では、海3:陸2:官または民1、ということでよろしいか。」

「よかろう。」

寺内と山本が妥協に達した。

「では、準備が出来次第ご厄介になるつもりだ。宜しく頼むよ。」

と、児玉は上機嫌でひゅうが001に会釈して見せた。


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