はつせの世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1905-08-31 Thursday はつせの世界 第一章 5

新橋駅の前には人だかりができていた。

新橋駅は官営鉄道東海道本線の始発駅であり、日本鉄道の始発駅である上野駅と並んで東京市の玄関口である。当然、駅前は日々の乗降客と見送り客、あるいは車夫や荷役夫などで混み合うのが通例であったが、この日の昼下がりは特に人だかりが出来ていた。

駅の正面に乗り付けた立派な馬車が立ち往生していたからである。

その黒塗りの四頭立て馬車は、明示された紋などは見あたらなかった物の、明らかに官員か富商の仕立てた物であり、誰か重要人物を迎えにでた物であろう。その証拠に、折れた車軸らしき物をしきりに覗いている人影は、小ぎれいな礼服に身を包んだ中年の紳士である。

それを見守る庶民は、そのほとんどが和服姿である。山高帽にトンビを羽織った男性や、矢絣小紋と緋の袴姿の女学生なども見られるが、尻端折りした車夫や奉公人姿の方が遙かに多い。

そして、その立ち往生した馬車の前で、大荷物を横に端然と立っている人影が三名。

いや、正確には身じろぎもせずに立ち尽くしている人影が二名と、所在なげにそわそわと身動きしている姿が一名。

「困りましたね。」

「そうね。」

「……二人とも、随分暢気なこと言ってるわね。こんなところで立ち往生してる場合じゃないわよ。早く皇居に」

「しぃっ!」

一人が口元に指を一本添えて、口を閉じるように促した。目配せを見た相手も、手のひらを出して無言で謝って見せた。

「ちょっと相談してみましょう。」

そう言って、一団のまとめ役らしき人物は、馬車の横にいる紳士の方へと足を進めた。

帝都では見慣れない白い軍服に身を包んだ女性は、周囲から頭一つ高い長身もあってひどく目を引いた。連れの同じ衣装の女性と、濃緑色の軍服を着た女性も同様に目立つ。

大日本帝国の成年女子平均身長は150cmに満たない。そのなかで、160cmを超える白い軍服の女性は群を抜いて背が高かったし、180cmに近い長身の緑色の軍服の女性に至っては、ほとんど見せ物に近かった。

見慣れない制服姿と相まって、新橋駅に通りかかった人々は、皆一様に呆然とその姿を眺めていた。

「やっぱり変装してきた方が良くなかったかなぁ?」

日本国防陸軍曹長・神田頼子は、居心地悪そうにボソリと呟いた。

「変装?どんな格好に変装するんです?例えどんな髪型でもどんな服装でも、我々がやったら浮きまくるのがオチですよ。」

横に立つ、日本国防海軍巡洋艦『ひゅうが』の頭脳体主幹擬体・ひゅうが001は、身も蓋もない受け答えで切り返した。

「そりゃそうだけどさぁ。……目立ちすぎだよ、コレ。」

なおもぼやく神田。そこに、紳士風の男と話し終えたもう一人が戻ってきた。

「歩いていくことにしました。幸い、場所もそれほど遠くありませんし。荷物を手分けして持ちましょう。」

日本国防海軍揚陸支援艦『はつせ』の頭脳体主幹擬体・はつせ001は、自分の荷物を手に取りながらそう言った。キャスターにくくりつけたアルミ色に輝くゼロハリバートンを右手に、三次元プロジェクタを納めた一抱えもある梱包荷物を無造作に左手に提げた。

「私、千代田のお城に行くの初めてなのよね。たのしみだな~。」

暢気に喜ぶひゅうが001も、同じようにゼロハリバートンモバイルアーカイブの収まった梱包を持ち上げた。

神田頼子は溜め息をついて、残りの荷物を眺めた。

基本的に無機物で構成され、食事の必要もない二人と違って、いくらサイボーグとはいえ頼子は辛うじて普通の人間である。さらに言えば、元来整理整頓の苦手な技術屋気質でもある。当然、荷物はブリーフケース1個に収まるサイズではない。

諦めて、みっしりと何かが詰まったリュックを担ぎ上げる。

40kg近い重量を難なく担ぎ上げながら、残り3つの荷物に手を出すと、横からさっと手が伸び、荷物を二つ持ち上げた。

顔を上げると、カーキ色の軍服に身を包んだ青年が、にっこりと笑いかけてきた。

「自分がお持ちしますよ。」

あまり長身ではないが、がっしりとした体格に似合わず愛嬌のある丸顔が、頼子を見上げていた。

「あ、ありがとう。」

「いえ。それより行きましょう。」

愛想良く促す視線を追うと、既に白衣の二人は茹だるような町並みを内陸方向に向けて歩き出していた。

「ちょっと、待ってよ!」

神田頼子は、あわててその姿を追った。

人なつこい青年が誰であるか気になったが、

『ま、宮内省か海軍の案内の人でしょ。』

と疑問を飲み込んでしまった。


二重橋を渡り、待ちかまえていた宮内省の官員に促されるまま案内されて、4人は坂下門の奥へ通された。宮内省の庁舎を回り込んで宮殿に通された一行は、やっと見知った顔に出会った。

「遅かったので心配していたよ。」

いかめしい顔に笑みを浮かべて迎えたのは、海軍大臣山本権兵衛本人だった。横には茫洋とした表情の海軍次官・斎藤実も居る。

「ご迷惑をおかけしました。」

「かまわんよ。じつはこちらもまだ準備万端整っているわけでもないのでね。」

頭を下げるはつせ001に顔を綻ばせつつ、山本は4人を奥へ誘った。

「荷物をお持ちします。」

控えていた海軍士官がはつせ達から荷物を預かった。彼らは村上大佐以下、軍艦千代田の乗組員である。情報秘匿の関係もあって、陸にあっても彼らが『乙姫』一行の応接を命じられていた。

そのうちの一人、及川少尉はふと疑問に駆られたが、お偉方の前なので出しゃばらずに黙っていることにした。

『この、陸軍幼年学校の制服を着ているのは誰だろう?』


案内されるままにはつせ001とひゅうが001の後を追って、神田頼子は重厚な作りの廊下を進んだ。流石に何度も顔を合わせたので、山本権兵衛斎藤実には慣れたが、この先にはさらに大物が待ちかまえている。緊張のあまり、気分が悪くなりそうだ。

「はぁ~、すごい場所ですね。」

胸がムカムカしてきそうな予感に俯いていた頼子に、横から暢気な声が掛けられた。例の青年だ。

「ここ、初めてなの?」

「もちろんですよ。」

頼子の問いかけにニコニコと返事する青年。

「えっと、あなたは宮内省の人じゃ……」

小声で問いかけようとするが、

「この奥です。」

と、斎藤実の声で遮られた。

ドアが開いて部屋の奥へと誘われた。

部屋の中は、豪華かつ重厚な会議室だった。

部屋の左右にはテーブルが置かれ、少数の人物が席に着いている。そして、奥には一段高くなった場所がもうけられ、御簾が下げられている。

「遅くなりました。……伊藤翁も見えておられましたか。」

「ああ、先ほど着いたところだよ。御上もいずれお越しになる。」

そう答えたのは、御簾に近い席に座る人物だった。額が広く、白くなったひげを蓄えた人物は、老人とも思えないよく動く眼を輝かせて一行を観察していた。

『い、伊藤博文!!写真と一緒だ!!』

ごく当たり前のことであるが、歴史的人物に出会うことに未だに慣れない頼子は、再びパニックを起こしていた。

「座ったままで失礼するよ。私は枢密院議長の伊藤博文だ。」

丁寧に頭を下げる明治の元勲に、未来から来た一行が挨拶する。

「事情は既にご存じかと思いますが、ご説明とお願いに参りました。日本国防海軍、揚陸支援艦『はつせ』頭脳体主幹擬体・はつせ001です。」

「同じく、日本国防海軍巡洋艦『ひゅうが』頭脳体主幹擬体・ひゅうが001です。はじめまして。」

「じ、自分は、日本国防陸軍第3師団長を代行します、第1機甲大隊戦車整備中隊所属、神田頼子曹長です。お目にかかれて光栄至極であります!」

うわずった声で頼子が挨拶すると、その横の青年も続けて口を開いた。

「仙台陸軍幼年学校生徒、石原莞爾であります。」

……………………………………………………。

何とも言えない沈黙が降りた。

「君は、未来から来た人ではなかったのかね?」

「未来、ですか?」

「私はてっきり宮内省の方かと。」

「彼の制服は陸軍幼年学校の者ですが……。」

「そ、そんなのあたしにはわかりませんよ!」

「神田さんが連れてるから誰かな、とは思ったのですが。」

石原莞爾中将とは、また大物が釣れたわね。」

「中将?」

「ええ、彼も歴史に名を残す有名人になる予定なんです。」

「と、とにかく!彼を拘束したまえ!村上君!」

「は!?はい!」

一斉に動き始め、しゃべり始める人たち。

「落ち着きなさい。主上の御前だ。」

そこに新たに現れた人物が静かに言った。

「田中さん。」

伊藤にそう呼びかけられた人物、田中光顕宮内大臣に導かれて、盛装した人物が入ってきた。太い眉と炯々とした双眼。黒々とした口ひげとあごひげ。がっしりとした体躯には、重厚な威厳が備わって見える。

「彼も同席させなさい。」

「陛下、しかし……」

「このまま拘禁したところで、彼も納得がいかないだろう。」

「はっ。」

短いやりとりのあと、明治天皇は御簾の中に入って席に着かれた。




「つまり。帝国、いや日本はこのままでは道を誤ると言うことか?」

御簾越しの問いかけに、はつせ001は戸惑って田中宮内大臣を見た。

「直答してもかまわんよ。」

「では、失礼いたしまして。」

はつせ001は立ち上がって会釈をした。

「ただいまお見せいたしました映像は、我々の知る歴史でしかございません。この点に関して、私どもと山本海相は、一つの統一見解に達しております。」

「彼らの歴史は、彼らの歴史に過ぎません。帝国のこれからの歴史がいかようになるか、全て我々の行動次第だと愚考します。」

はつせ001の言葉を受けて、山本権兵衛が言上する。

「では、そなたらは我々が歴史を変革することに協力するというのか。」

御簾からは鋭い声が飛んだ。そこに含まれているニュアンスは、様々な意味での危惧だ。

定められた歴史を改変しようとする傲慢さへの危惧。

不用意に力を与える行為への危惧。

人として犯してはならない領域を踏み越える事への、危惧。

「いえ。その点はこうご理解いただきたいのです。」

それを理解したか、あるいは知らずか。

「我々日本国防軍は、『たまたま航海中の事故で大日本帝国という名の国に漂着した』にすぎません。そして、乗員の生命維持の必要から、現地政府と協力関係を築く必要に駆られたと。」

はつせ001はそれが詭弁に過ぎないと知りながらも続けた。

「我々は、現地政府から協力を受ける代償として、我々の提供できる全ての知的財産を提供します。具体的には、当艦隊の保持する様々な書籍・映像資料の閲覧および権利切れ資料の複写、並びに当艦隊乗員からの顧問派遣、廃棄機材の払い下げを行います。」

「つまりは、『大日本帝国』と『日本国』という異なる国家間で取引をしよう、ということかね?」

伊藤翁が、はつせ001の人ならざる美貌を鋭い視線で捉えながら言った。

「仰るとおりです。我々は、我々に与えられる支援に応じて、我々の持つ技術を提供します。それがどう利用されるかは、我々の判断するところではありません。」

「知識を与えて放置とは、いささか、無責任なのではないかね。」

「知性とは利己的なものです。それが他者の利、そして公の利になれとは願いますが、それを押しつけられるほど、我々は傲慢でも万能でもありませんから。」

「……君を作り出した人々が万能でなかったとは、信じがたい思いだよ。」

伊藤博文は、息を吐きながらいすに背を預けなおした。

「では、彼らとの交渉についてご承認いただいてもよろしいですか。」

山本権兵衛が確認を取ろうと発言する。

「支援について海軍が窓口になるのはかまわんが、彼らの艦に送り込んで学ぶ者は陸軍や官員、あるいは民間からも選びたいところだな。それに、予算の問題もある。議会に通すわけにはいかないからな。」

伊藤は、手元の書類を覗き込みつつ思案した。

「君らの要求は、3番目以外はひとまず何とかなるだろう。問題はこれだな。12万トン級の船渠など、一体何処に作るのか、一体幾らかかるのか、見当も付かないがね。」

「それについては、用地および費用の方も含めて改めて計画案を提案させていただきます。」

「予算についても当初分の確保については計画があります。」

はつせ001に続いて、山本が口添えすると、伊藤は「まぁ、よかろう。」と呟いた。

「陛下。やはりそれなりの支出をしても、彼らと取引するべきだと愚考します。」

「そうか。では、そうしよう。」

御簾越しの声は、続く。

「朕はこの国を『かのような』災禍に遭わせたくない。力を貸してくれ。」

一同は、その震える声に頭を下げた。


「さて、君の身柄の扱いだが。」

「はい!」

田中光顕は、居並ぶ大物の前でも全く物怖じしない若者に、思わず口元をほころばせていた。

「明日から中央幼年学校入学だったね。」

「はい!」

「入学後、私の名前で君にはすぐに留学の辞令を出そう。幽霊船への出向者第一弾に加わってもらう。」

「はい!ありがとうございます!」

「出世が遅れるかもしれんぞ?」

「望むところです!」

歯切れ良く応える石原に、『オイオイ』と心中でツッコミを入れていた青年がいた。彼、及川古志郎もまた、石原と同様奇妙な軍歴をたどることにまだ気づいていなかった。


>第一章 6