はつせの世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1905-07-19 Wednesday はつせの世界 第一章 4

ふわり。

ゆるやかな挙動とともに左旋回から水平飛行に戻った機体は、わずかな間をおいて機首を上げ、垂直上昇へと移った。その後ろを二機の同じシルエットを持つ機体が追う。複雑に組み合わされた直線で構成される黒い翼。炎を吐いて推力を産み出す二機のターボファンエンジン。『はつせ』艦載機のF-3だ。

密閉されたコクピットの中では、全周囲モニタに映される空からの景色に圧倒されて言葉もない初老の男性が、シートの中で加速度と孤独な戦いを強いられていた。

「…………ぐぅ。」

空中に描かれた巨大なループの頂上で、機体は右ロールを行ってくるりと水平飛行へ移った。逆さ吊りから解放された哀れな老人がほっと息を継いでいると、正面のモニタに妙齢の女性が映し出された。

「ただいまのがインメルマン・ターンです。1905年の現在、名前の元となったマックス・インメルマンはいまだ空を飛んではいませんけれども。」

(……それ以前に名前を覚える余裕もないがね。)

老人はそう頭の中でつぶやいたが、口からはうめき声しか漏れてこなかった。

『これは素晴らしい。実に素晴らしい!』

耳元からはしきりに感嘆の声が飛び込んで来る。後続機に乗り込んでいる軍令部次長・伊集院五郎中将である。もう一機に乗り込んでいる聯合艦隊司令長官・東郷平八郎大将は、時々『むぅ』だの『ふむ』だのと声を漏らしてはいるが、至って静穏なものだ。とても自分より5歳上とは思えない。

(……眺めは確かに素晴らしいのだろうが。)

ちろりと外を眺めると、遙か下の海面に針のように小さい艦影が見える。それが先ほど飛び立ったあの巨大な軍艦だと思うと、なんだか気が遠くなる心持ちがする。

「では、次に標的射撃に移ります。」

この機体を操縦しているという女性『はつせ516』(彼女ら曰く、人ではなく電子生命体だという)の声を聞いて、『日本海軍の父』海軍大臣山本権兵衛大将は今しばらくの辛抱を覚悟した。


『はつせ』艦内の会議室に列席した顔ぶれは、実に匆々たるメンバーであった。

一同の上座に当たる舷窓側のソファで難しげな顔で腕を組みうなり声を上げているのが、海軍大臣山本権兵衛大将。

その横で手渡されたパンフレットを読みふけっているのが、海軍次官・斎藤実中将。

席から立って壁面の照明パネルを覗き込んでいるのが、軍令部次長・伊集院五郎中将。

席に座って旨そうにコーヒーを飲んでいるのが、聯合艦隊司令長官・東郷平八郎大将。

その横でいろいろ質問しているのが、舞鶴鎮守府司令長官・日高壮之丞長中将。

そして質問されているのが、聯合艦隊参謀長加藤友三郎少将。

以下、聯合艦隊参謀・秋山真之中佐、同じく聯合艦隊参謀・飯田久恒少佐、巡洋艦『千代田』艦長・村上格一大佐。

軍令部総長・伊東祐亨海軍大将を除けば、海軍首脳陣が勢揃いしていることになる。

(未来の首相が3人もいるのか……。)

神田頼子曹長にしてみれば、将官と親しく会話をする機会さえこれまでもったことがないのだ。こんな豪華なメンツとどう話せばいいのかまるで見当がつかない。しかも、相手がどんな人々なのか下手に調べてしまったのが悪かったのか、かえってガチガチに緊張してしまっていた。

「皆さんお待たせいたしました。」

白い二種軍装に身を包んだはつせ001、ひゅうが001に従って、頼子も会議室に入った。頼子の服装は濃緑色の夏期一種軍装であるが、階級章は曹長なのに胸には師団指揮官略章があったりして、日本国防陸軍の制服としては甚だ珍妙なものである。もっとも、それに気づく人間は誰もいないが。

席から立ち上がって部屋に入ってきた二人を見る九名の視線に、胃からなにかがせり上がってくるような気分になる。

「まずは、ようこそ当艦へいらっしゃいました。」

はつせ001とひゅうが001が小綺麗に敬礼するのに併せて、頼子も制帽を小脇に抱えて敬礼する。ビシッと音のしそうな敬礼に、海軍の重鎮たちも当惑したような視線を向けながらも濃紺の袖を上げて敬礼を返した。

「私は、日本国防海軍第三艦隊第二戦隊の臨時指揮官をつとめます、揚陸支援艦『はつせ』、頭脳体主幹擬体・はつせ001と申します。階級は准尉相当となりますが、任務権限として少将権限を代行しております。」

「同じく、日本国防海軍第三艦隊第二戦隊所属、防空巡洋艦『ひゅうが』、頭脳体主幹擬体・ひゅうが001です。よろしくお願いします。」

二人の擬体がよどみなく挨拶すると、九人の帝国海軍軍人たちは戸惑いを表情に浮かべながらもうなずいた。

自分の番が回ってきて、頼子はグビリとつばを飲み込んだ。

「じっ!じぶっ」

いきなり声が裏返った。なんだか目の端に涙が浮かびそうになるが、息を整えて仕切り直す。

「自分は、日本国防陸軍第3師団長を代行します、第1機甲大隊戦車整備中隊所属、神田頼子曹長です。にょ、よろしくお願いします。」

途中かなり怪しかったがなんとか挨拶の言葉を吐き終わった。

「……あ、ああ。こちらこそよろしく。」

斎藤実中将に困惑した笑顔を向けられて、頼子はホッとすると同時にさらに赤面した。

(ううう~。偉いさんとの話し合いなんて、はつせ達でやってくれればいいじゃん。)

それは無理である。君以外に出席できる『人間』がいないのだから。


「つまり何かね。君たちは未来人だと?」

「有り体に言えばそうなります。」

山本の厳しい視線に、はつせ001は微笑んで答えた。

「そんな与太話を信じろと言うのかね。『タイム・マシン』でもあるまいに。」

「ハーバード・ジョージ・ウェルズの著作をお読みになったことが?」

はつせ001の問い返した言葉に、山本はわずかに赤面しながら咳払いで答えた。

「ここは一つ、あの『びでお』を見ていただいた方がわかりやすいのではないだろうか。」

「仰るとおりですね。ありがとうございます、加藤閣下。」

加藤参謀長の助け船に感謝しつつ、はつせ001は指をパチリと鳴らした。室内の照明が少しずつ明度を落とし、部屋の中央の空間に光が投影されて立体映像が結ばれる。オーケストラの奏でるジングルとともに海と空の風景がスプラッシュで現れ、最後に「JDF Navy」のロゴが表示された。

山本や伊集院が感嘆の声を上げる中、加藤以下、飯田と村上もニヤリと笑みを漏らした。自分たちが驚かされたのもつい先週のことなのだ。

「これからご覧いただく5本の映像は、日本国防海軍PRビデオ『いっしょうにまもろうぼくらのにっぽん』、日本教育放送制作の教育番組『日本の歴史 第15回"明治時代"』、『日本の歴史 第16回"大正時代"』、『日本の歴史 第17回"昭和時代(戦前)"』、及び『日本の歴史 第18回"昭和時代(戦後)"』です。」

「それは、『君たちの歴史』かね?」

山本は、厳しい目ではつせ001を見つめた。

「そうです。これからお見せするのは、あくまで私たちの知る歴史であって、あなた方がこれから経験する歴史とは必ずしも同じものとは言えません。できればあまり混同しないで見ていただきたいのですが。」

聯合艦隊参謀の面々は、一様に頷いた。

「あくまで冷静にご覧になった方がよろしいでしょう。」

加藤参謀長が忠告したのを汐に、映像が再生された。


『わたし海子!海が大好き!今日はお父さんと一緒に海軍のお船を見学しに来たの!!』

元気に叫ぶ女の子のバックには、埠頭に接岸した巨大な船体が見える。船尾と思われる部分には『しきしま』と白文字で記されている。

『しきしまは、世界で一番大きな軍艦なんだ。長さが325メートルもあるんだよ。』

お父さん役の俳優が女の子の手を引きながら船へと近づいていく。

『うわーー!!大きいねお父さん!!』

オーバーアクションでノリノリの子役と、随所に軍事知識をちりばめた蘊蓄を披露するお父さんのコンビは、最新型の核融合炉搭載型ハイブリッド空母の中をくまなく紹介していく。

曰く、

『お父さん!飛行機がいっぱいだね!』

『あれはF-3戦闘機だよ。BVR戦闘で世界最高の性能を持っているんだ。』

とか

『お父さん!あれはなあに?』

『あれはスターブレード対空レーザー砲だよ。世界最高出力の化学レーザーなんだ。』

とか。

最後に、観艦式と弾道弾迎撃訓練の映像が流され、

『すごいね!日本の海は海軍が守ってくれるんだ!』

とにっこりほほえむ女の子の画像で終わった。


驚くべき兵器に声もない帝国海軍の軍人達に、

「……まぁ、これはこういうものですので。」

と、はつせ001は気まずげに言って次の映像の再生を始めた。


『……日露戦争は辛うじて日本の勝利に終わりましたが、日本の国力は限界に達していました。アメリカ政府の斡旋を受けて日露両国に講和が成立しましたが、満州の権益委譲を認めたものの賠償金などは取れず、戦争による耐乏生活を強いられた国民には承服できないものでした。日露講和に反対する多くの市民は日比谷公園などに……』

明治維新後に始まり昭和天皇崩御に終わる約4時間の映像を、山本以下帝国海軍の軍人達は食い入るように見つめていた。真珠湾攻撃マレー沖海戦では歓声が上がり、ミッドウェー海戦では呻き声が上がった。レイテ以降は、時折嗚咽の声が漏れた。戦後の復興と経済発展には感嘆の声も上がったが、それ以上に虚脱して呆然と見る顔が多かった。


「これは、避け得ない未来なのだろうか……。」

呆然とつぶやく山本に、はつせ001は静かに反駁した。

「いえ、我々はこう推論しています。『私たちのいた歴史とこの歴史はちがう』と。」

「何か証拠があるのか。」

鋭く見返した山本に、はつせ001は手で飯田少佐と村上大佐を指し示した。

「このお二方が証人です。」

「どういうことだね。」

「飯田少佐は、我々の歴史では日本海海戦で負傷して未だ療養中のはずです。」

「私が、ですか?」

飯田は自分の体を見下ろす。もちろん、あの決戦で何度か危うい目にはあったが、幸い大きな怪我は負っていない。

「また、村上大佐は私たちの歴史において、明治38年1月に千代田艦長から装甲巡洋艦吾妻の艦長に転出しています。」

「ほう。」

村上も戸惑った顔ではつせ001を見返した。

「細かい差異ですが、決して無視できない差です。」

「つまり……我々は歴史を変えられるということになるのだね。」

「……断言はできませんが。」

はつせ001は、血の気が失せるほど握りしめられた山本の拳を眺めながら静かに言った。


>第一章 4.5