はつせの世界 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1905-05-27 Saturday はつせの世界 第一章 2

薄く灰色に煙る対馬海峡の空に、それは滞空していた。

片方が細長く尖った菱形とも、楔形とも言える幾何学的な小柄な飛翔体は、その双発のエンジンを静粛モードにし、飛行機雲も残さずに眼下の海面を見下ろしている。

はつせ艦載の小型無人偵察戦闘機、アルバトロスだ。

4000kmを越える航続距離を持つこの機体は、はつせを発艦後、朝鮮半島南端の鎮海湾の東海域に達していた。時刻は午前11時前後と推測される。

その、人ならぬ眼差しの先には、煙をたなびかせて進む多数の艦艇があった。

4隻のひときわ大きな艦と、それに続く8隻の少し小振りな艦が、一列縦隊で東へ向かう。

先頭の2本の煙突から煙を上げる艦の大きさは、130m程度と判定できる。前後に砲塔も見て取れる。その後ろに続く3本煙突の艦も、煙突以外は同じような艦容。そして2本煙突の艦が2隻続く。

その四隻は、アルバトロスをコントロールするAI・はつせ294の持つデータと照合され、順に三笠、敷島、富士、朝日と確認された。

それに続く小振りな艦は、春日と日進。

そして、それよりは少し大振りな艦列。出雲、吾妻、常磐、八雲、浅間、磐手。

周囲には、別の艦列をなす多数の艦艇。

戦艦4隻と装甲巡洋艦8隻を主力とする、大日本帝国海軍連合艦隊の姿であった。

海面を進む艦の群れは、どれも『はつせ』の巨大な姿に較べれば小舟にしか見えない。もっとも大きな戦艦でさえ、『ひゅうが』に及ばない大きさでしかない。

しかし、一つの生物であるかのように対馬水道を目指すその姿は、ひどく決然とした意志を感じさせるような気がする。

それは、この航行の先で彼らを待ち受ける戦いを知っているからこそ感じるのだろう。はつせ294はそう思った。

-彼らは歴史を作りに行く。

-そしてそれを確認するのが私のつとめだ。

その、思考をもログに記録しながら、人ならざる存在は眼下の人の業を静かに映し続けた。


はつせ294が、『ひゅうが』発艦のアルバトロス・ひゅうが033と、ひゅうが033に随伴していたこの偵察行動の指揮官機、F-3E電子戦闘機グレイゴースト・はつせ104の2機と合流したのは、午後13:30頃であった。

2機はこの海戦のもう一方の当事者と目される、ロシア第二太平洋艦隊を追尾していた。

つまり、この3機が合流する頃、彼女たちAIの眼下で二つの艦の群れ同士が接触したのであった。

「こんにちわ。ひゅうが033。はつせ104。」

「こんにちわ。はつせ294。」

「こんにちわ。」

ごく弱い電波で相互に通信を開く。

「確認してきました。旗艦クニャージ・スウォーロフ以下、戦艦8隻、装甲巡洋艦4隻、巡洋艦8隻、駆逐艦9隻、その他艦艇13隻。ロシア第二太平洋艦隊です。」

二機の偵察機のデータを護衛機であり指令機であるはつせ104が中継する。

はつせ294がひゅうが033から転送されたデータをプレビューすると、そこには二列縦隊で航行する大艦隊と、それに接触を保つ大日本帝国海軍第三艦隊の艦艇、巡洋艦和泉などの姿が認められた。

スウォーロフ、アレクサンドル3世、ボロディノ、アリョール、オスラヴィア、シソイ・ヴェリキー、ナワリン、ニコライ1世といった艦が、艦型データと照合される。

「はつせ294は連合艦隊の監視を継続。ひゅうが033は引き続きロシア艦隊を。雲が多いが、状況確認よりも隠蔽を優先するように。以上。」

「はつせ294了解。」

「ひゅうが033、了解。」

はつせ104からの指揮官機らしい指示に短い了承を送り、はつせ294は監視行動に戻る。もちろん、サブタスクでの監視は平行して行っていたが。


二つの艦隊は、互いに視認したのかそれぞれ艦隊行動を起こす。

一列縦隊で南西の針路を取っていた連合艦隊第一、第二戦隊は、砲戦距離を取るために北西に針路を変えていた。一方のロシア艦隊は、航海隊形の二列縦隊から戦闘隊形の一列縦隊へと陣容を変えようとしていた。

はつせ294の見守るなか、煙を黒々と上げ、内在する蒸気エネルギーを高めながら突き進む日本艦隊。その旗艦三笠のマストに一旒の信号旗が掲げられた。黒黄青赤で四分割されたZ旗。

-皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ

その言葉が喚起する感情は、はつせ294には理解できるが共感することはない。

しかし、データ上でしか残らない記録、彼女たちとは違う彼ら人類の歴史が目の前で再現されることに、目眩にも似た感情を受ける。感情の入る余地のない監視行動を続けながらも、余剰リソースでは彼女の情動演算とその監視タスクが、些細ではあるがそれまでに例のない演算を繰り返していた。


日本艦隊は、再度針路を南西に取り約15ノットで進んだ。

両艦隊の距離は急速に詰まりつつある。距離は8000m強か。既に互いの射程距離に入っている。

お互いがすれ違う反航戦に入るかに見えたそのとき、先頭艦である三笠の艦首がゆらりと揺れ、舵が利き始めると急速に左舷に方向を変えた。続いて二番艦敷島が同じく針路を変える。

大胆な敵射程距離内での逐次回頭。

のちに言われる東郷ターンだ。

三笠はロシア艦隊の頭を押さえるように、北東に針路を取る。各艦もそのあとに続き、数分のうちに回頭を終えた。

この虎口を脱してウラジオストクを目指すロシア艦隊にとって、自軍に有利な反航戦かと思われた戦いは、この大胆な艦隊行動で同航戦、しかも針路をふさがれる形となった。しかも、艦隊の航行序列は未だに一列縦隊には変え終わっていない。

二つの艦隊の距離は、既に7000mになろうとしていた。

そこに、この海戦の火蓋を切る号砲が上がる。

ロシア艦隊旗艦スウォーロフの三笠を狙った射撃だった

続いてロシア艦隊の各艦から射撃の砲炎が上がる。しかし、日本艦隊からは応戦はない。

距離6500m。ついに日本艦隊から砲撃が始まった。

次第に距離を詰めながら互いに砲弾を飛ばす二つの艦隊。

それは、時に100m以内で空中戦を行うように設計されているはつせ294の戦闘中枢にとっても、肉弾戦とも言える危険な殴り合いに見えた。

2分後。スウォーロフに命中弾。続いて三笠にも命中弾が認められた。

ロシア艦隊も針路右に方向を変えほぼ同航戦となるが、日本艦隊は更に距離を詰めていく。

互いの距離が5000mを切る頃、ロシア艦隊旗艦スウォーロフから火の手が上がる。

日本艦隊は、主砲以外の小口径砲でも全力射撃を展開しつつ、東へ転進。ロシア艦隊の頭を押さえに掛かる。

一方のロシア艦隊は右舷に回頭しようとするが、艦首に砲弾を受けた戦艦オスラヴィアが沈下によって速度を落とし、また旗艦スウォーロフの火災も勢いを増し、ともに艦列から脱落しつつあった。

旗艦の脱落によって混乱を起こしつつあるロシア艦隊に対して、日本艦隊はその頭を完全に押さえ、右舷への砲撃を猛烈に浴びせかける。

以降は完全に殲滅戦の様相を呈する。

統一した艦隊行動を失ったロシア艦隊は、あるいは北に転進して、あるいは南へ転進し離脱しようとしたが、戦艦主力の第一戦隊と装甲巡洋艦の第二戦隊に別れた日本艦隊に包囲挟撃され、四分五裂した。

13:30分頃の戦闘開始から3時間ほどで、この近代海戦史に残る決戦はもはや追撃戦へと移った。

これまでと同様史実通りに推移するならば、明朝までにロシア戦艦は一隻残らず撃沈されるか降伏するはずだ。

交代の監視機、はつせ277に状況を伝えて、はつせ294は母艦へと帰路についた。

眼下には、大火災を起こして迷走するスウォーロフの姿が見えた。


「やはり、ひゅうがの推測通りでしたね。」

「えへへ~、でしょでしょ。」

はつせの確認に、ひゅうがは得意そうに返す。

「夜間と明朝の監視機はこちらで回すわね。ひゅうがの2機は保守部品も少ないし、なるべく温存しましょう。」

「わかった。あとはお任せする。」

状況の確認という意味ではもう十分だったが、監視機を飛ばし続けることに異議はない。お互い口にはしないが、記録をやめるつもりはないのだ。なんといっても、日本海海戦の記録映像を持っているのは、彼女たちAIの歴史上はつせとひゅうがの二人だけなのだから。

「それにしても、この後どうしたものか。」

「どうにかして、帰るしかないでしょう。」

「帰るって?」

「もちろん、2041年に、よ。」


>第一章 3